親目線ブログ マーケティング学習ログと時々子供や家族とのこと

妹と仲が良くないのねん

個人的なこと

私は妹と仲が良くない

突然だが、私は自分の直接の兄弟である妹とあまり仲が良くない。
といってもいがみ合うとか嫌い合うというわけではない。
連絡先を直接知らないし、時々会うことがあってもほとんど会話もし無い。
実の兄弟なのになぜ仲良くできないのか今更考えることがある。

 

まず妹は私の6歳歳下です。
これはハッキリと覚えているのですが、幼稚園の時に周りの友達が皆、上か下に兄弟がいるのに自分だけ一人っ子なのが疑問で、そして寂しく思い
度々母親に「なんで僕には兄弟がいないの?」「兄弟が欲しかったな~」と言っていたのを覚えています。
そして小学1年生の時に待望の妹が誕生したのです。
願い続ければ叶うものですね!

そして妹の誕生が嬉しくて嬉しくて、よくミルクをあげたりお世話していました。
あの頃は本当に可愛くて仕方なかったのを覚えています。

妹が幼稚園にあがったばかりぐらいまでは、二人でよく遊んでいました。
その時に住んでいた近所には、頭のおかしい危ない人が住んでいて、いつも緑色のトレーナーを着ていたため我が家では「緑の男」と呼んでいました。
その緑の男は自分たちを見かけると、遠くから立ち止まりじーーーっと、こちらを睨みつけてきて子供ながらにとても怖かったのを覚えています。

睨みつけるだけならまだしも、時には石を全力で投げつけてくることもありました。
幸いにも何度か投げられたものの直接当たったことはなかったけど、あれ当たってたらシャレにならない怪我しただろうな・・・

ある日、3歳ぐらいの妹を自転車の後ろに乗せて二人乗りで近所の公園に行った帰りに、なんと前方から緑の男が歩いてくるじゃありませんか!
そーっと通り過ぎれば何もないかなと思いゆっくり自転車を漕いで通り過ぎ何もなくセーフ!と思い振り返ると振り返りこちらを睨みつけ、まさに今コチラに向かい走り出そうとしている。
自分がというよりも妹に何かあったらまずいと思い、妹に「ちゃんと掴まって」といって全力で自転車を漕いだ。
不慣れな二人乗りにもかかわらず、とにかく全力で自転車を漕いだ。
逃げ切れたかなと少しスピードを落としたその時に、真横に石が飛んできた。
振り返るとさらに追加で石を投げようと継ぎの石を拾おうとしていた。
そして更に全力で漕ぎ続けなんとか逃げることができた。
妹に怪我もなく無事に家に帰ることができて、物凄くホッとした事を今でも覚えている。

それぐらい昔は妹と一緒に遊び大切にしていたのだが、自分が小学生高学年になったあたりから友達と遊ぶことが優先で、中学になってからは更に顕著になり家にいる時間自体がほとんどなくなり、妹と顔を合わせる機会が減ってしまった。

そして妹が小学生になるが友達があまりできず家でばかり遊んでいるのを見て、なんで友達と遊ばないんだと妹に対してどこか避難するような気持ちで接していた。
自分と違い友達が作れない妹を見て、自分とは違う人種なんだと思い距離を取るようになってしまった。
そう思うようになると、もう必要以上には会話をすることがなくなり、会話しなければいけないことが気まずいと思うようにすらなってしまった。

そこから時が経ち、自分が社会人になり家を出て結婚をするともう会話どころか顔を見る機会すら無くなった。
時々実家に帰っても妹はサービス業のため休みが合わず、ほとんど見かけることもなかった。

そして自分に子供が生まれると、そんな酷い兄にも関わらず妹は何かあるたびに子供のためにプレゼントを買ってくれた。
とても嬉しかったが、軽くお礼を言う程度でしっかりと話しをするのが気まずくまともに話ができない。。。

それからしばらくし、ずっと実家で生活し男っ気無い生活をみて両親は偉く心配をして、お見合いをさせるとか時代遅れなことを言い出した。
特に母親が心配なあまり暴走しようとしていたので「結婚が全てではない。妹ちゃんの考えも尊重するべきだ」と止めながらも、妹のこれまでの性格的にもきっと結婚しようと思っても結婚しないままなんだろうなと諦めていた。

が、なんと!突然同棲すると言い出した!と母親からの連絡。
THE昭和の母親は、挨拶もなしに同棲をしようとするなんてろくでも無い男だとお怒りのご様子。
私は「お!彼氏いたのか!」と嬉しい気持ちになり、不機嫌な母親に対し「今の時代そんなもんだよ。彼氏ができたこと喜んであげようよ」となだめると、その数カ月後には結婚をするというお話。
凄い急展開に驚きながらも「結婚」と聞いて母親も偉く嬉しそうにしていた。

ちょうどコロナになってしまい結婚式も行えずしばらく私もその相手と会うことができなかったが、今年の頭に初めて会うことができた。
これが妹には失礼だが、妹のタイプを考えるとその予想を大きく上回る高身長のイケメンで頭も良さそうと私には無い能力を持ちまくった優良物件じゃありませんか!
妹をもらってくれて、とっても嬉しかったが、またそれほど興味がない感じにさらっと接してしまった。。。駄目だな自分

言葉では十分に喜びを伝えられなかったので、せめてその思いがあることを伝えようとしてか結婚祝いのお金だけは、我が家の伝統を大きく上回るお金を包んだ。
後日その金額を母親が聞いて驚いたらしく「たくさんあげすぎよ!でもありがとう」と言われた。

そして現在に至るのだが、結局妹との距離はまだ遠いままだが、この先両親もいつまで健康かわからない。
これから兄弟として協力していかなければいけない局面も訪れるだろう。
生まれてきてくれた時に可愛くて可愛くてたまらず嬉しかったあの時のように仲良くするためには、自分が変わらなければ行けないんだよな。